kiaorakanaの日記

写真を撮る人

思い出の中にも雪が降る

雪が降ると

会いたくなる人がいる

 

雪が降ると

思い出すひとがいる

 

雪が降ると

必ず思い出す朝があるの

 

雪が降ると

夢が叶った日

ずいぶん前に書いていたブログを

なんとなく読み返していたら

自分の結婚式でこの曲流したい!と書いていた曲があった。

 

AIR MASTERの『Re'birth』

 

私の記憶が定かであれば

確か結婚式の最後の方で曲を流したんだった。

あの日の夢、叶っていたんだね。

雨降る夜に。

かつて恋した人が言っていた。

 

ふたりでひとつの傘に入る時、

肩が濡れている方が相手に惚れているのだと。

 

私の傘を閉じてた彼は

肩も背中もひどく濡れていた。

それなのにとても嬉しそうに笑いかけてくるから

思わず笑っちゃったじゃない。

 

届かないありがとう

ひとりぼっちに慣れたと
言い聞かせて
もう何年が経ったろうか。

その何年かの間に
恋人も出来たし、同棲だってしてきた。
でも何故だろう、
いつだって心のどこかで
孤独と葛藤する日々だった。

あの頃、長く付き合った彼と別れた。
私たちは、いわゆるマンネリを超えられなかったのだ。
一人暮らしに慣れてきた大学生活に
刺激が足らなくなってしまったのだと
今ならハッキリと分かる。

彼と別れて、しばらくひとりでいた。
長く一緒にいたから
嫌になってしまった部分も出てきた。
そんなのを挙げたらキリがなかった。

だけど、
ふと振り返った時に
彼からたくさんの愛情を貰っていたことに
初めて気づいた。

何度も書き直した手紙と
知らない間に重くなっていた貯金箱には
私を想ってくれていた彼がいた。

何も返してあげられなくてごめんね。

もう何もしてあげられない代わりに
遠くからでもずっと
あなたの幸せを願っているよ。

スーパースターになった

7年程前、好きなバンドが出来た。

当時、奇跡の生還を果たした直後で
本来ならば自宅療養をしているべきところだったろうが
働かなくていいという免罪符をかざし、
私は自由を謳歌することにしていた。
そうでもしていなければ正気でなんていられなかったからだ。

彼らは地元のバンドで
しかも同い年だった。
つまりはどこから攻めても友達の友達の距離にいる人たちだった。

親近感と親心のような気持ちもあり
時間の許す限りライブへと足を運んだ。
ファン友達も増えて
いつか武道館でライブが観たいねとか、
ファンクラブ作っちゃおうかなんて話を
ライブ後のメンバーも交えて話してたのを覚えてる。

それから4年後
彼らは大勢のファンを連れて
武道館のステージに立っていた。

スーパースターになったら

なんて歌っていたけれど、
正真正銘のスーパースターだった。
その瞬間、他の誰よりも輝いていた。

連れてきてくれてありがとう。

大丈夫という、嘘。

久しぶりに胸が痛くなった。

とでも言えば
恋を想像させるだろうか。
でも実際のところ、
比喩でもなくて、左胸の奥が痛んで
息が出来なくなりかけて
思わず死を覚悟した。

7年前の秋、
私の身体は一度死んだ。
そして生き返ることと引き換えに
痺れが残った。
左胸を触るときは
今でもそっとでしか触れない。

一日を振り返っただけでも
何度か痛みがあったことを思い出した。
でも大丈夫だと言い聞かさせて
痛みが和らぐのを待った。
そしてついさっき、大きな波に飲まれた。

生きることに未練はあるけれど
一度死んだ身体で
おまけを生きているんだと思えば
随分長いおまけだと思える。
まだまだ生きるにしても
失うものなんてないのだと知っている分
とても強くなれる。

 だから私は大丈夫。
何があっても、大丈夫だよ。

『16歳』

Jungle Smile の『16歳』が
リリースされる1週間前、
私は16歳の誕生日を迎えた。

CDを買って
ワクワクしながら聴き始めて
衝撃を受けたのを覚えている。

「もしあの時抱かれていたなら
    今も君といれたのかな」

当時16歳の私には
あまりよくわからなかったのかもしれないけれど
どうあれジャンスマの歌を好きなことに
変わりはなかった。

あれから15年経って
今年の冬に聴きたいプレイリストを作った時に
この曲も入れてみた。

あの頃のような
初恋のドキドキなんて
とっくに無くなってしまっているけれど
聴くたびにいつも
こんな思い出が私にもあったんじゃないかという
錯覚を与えてくれる。

何度も聴いてきて
いや、大人になったからこそ
思うことがあるとするならば

抱かれてしまったからこそ
実らないことのほうが多かったと思う。

そして私は
とっくに16歳ではなくなってしまったのだと
痛感した。